Want to create an interactive transcript for this episode?
Podcast: まもまもの雑談ラジオ
Episode: 笑わ“れる”のと笑わ“せる”では、意味と価値が違う…上岡龍太郎の“逃げた”理由 from Radiotalk
Description: 故人を侮辱するつもりはないし、嘲笑うつもりもないが、23年前の“決断”に関して、オイラが感じたモヤモヤの“原因”が、今更ながら理解できるような気がするんですよね…確かにインテリ系でキレ者のMCというイメージですが、“お笑い芸人”として評価した場合、今の時代だと間違いなく“勘違い系のイタい奴”として、使い捨てされてた可能性があります。それは例を挙げるまでもなく、芸人としての矜持を“ダサい”と切り捨て、熱り立ってる自称インテリ芸人の末路を見れば、お察しな話です。
芸人…それも話芸やリアクションで聴衆を笑顔にさせる才人は、普段から情報収集と分析、研鑽を怠らず、如何に難しい言語や事象、法令の解釈等を“笑いの素”として昇華させるかを芸として見せてるのであり、その源流は正に、寺の本堂で信徒に聞かす法話そのものです。つまり、堂内に集まった人々を和ませ、精神的なモヤモヤを“笑い”に変えて浄化するのが僧侶の法話であり、芸事として進化したのが落語や講談、漫才になる訳です。
ここを勘違いしてる、自称炎上系インテリ芸人の無様な事…その醜態を悟ったからこそ、芸人引退という選択をしたのではないでしょうか。(あくまでオイラ個人の意見ですw)