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Podcast: イントロクイズのSpiriton Music
Episode: #45 カバー曲×イントロクイズ=めんどくさい?
Description: 本日のプレイリスト:https://spoti.fi/2WM9CGf
(今回のメンバー:やすお、ソキウス)
人によっては、実はめんどくさかったり、ややこしかったり。
今回は、以前行った各々が「カバー曲」に対してどのように触れているか/考えているかの回( https://spoti.fi/3bRtSu1 )の続編。
その回で話題に挙がった「愛の無いカバー」問題をきっかけに、カバー曲と一言で言っても色々なタイプがあり、そしてその多様さが、(特に)競技的な度合いが高いイントロクイズにおいては、人によっては一種の「面倒くささ」を生んでいるかもしれない、という方向へ発展していきます。
まずは「愛の無いカバー」問題を改めて俎上に挙げます。
ひとまずこの問題についてやすおは、「自分の曲で勝負しろよ」のような意見があることは分かるが、自身としてはそこまでの気持ちにはならないとのこと。
そこで以前の回でも引用した日本のカバーに関する言説分析[柴台 2017]を再度用いて、歴史的にみると「原曲へのリスペクト」言説はそこまで当たり前のものではなかったということを確認します。
このカバー先とカバー元とのアーティストの関係性についてどう考えているかやすおに尋ねてみると、重視するほどではないが「あったらあったで」いいなという思い。
ではやすおは「カバーすること」に対してどのように考えているかというと、カバー先のアーティストがどのような手法で表現したかというよりは、歌手のバックボーン、今回の話題に引き付けて言うと、「どうしてそれをカバーしようと思ったのか」というところに目を向けるようです。
【参考:本日の一枚回でのやすおの語り(#18( https://spoti.fi/37Wf2QO )、#33( https://spoti.fi/3ufZQII ))】
これを受けてここからは、この問題 ―そして、それは「原曲破壊」という言い方とも関係がある― に対する語られ方として挙がりがちな「カバー元のアーティストが内心に持つ『(制作時の)意図』」をテーマ対話を進めていきます。
この「意図」についてやすおは、カバー先のアーティスト側が汲み取るであろう「その意図は(最終的には)作った本人しか分からない」だろうとし、そういった意図にまで聞き手側は「立ち入るところではない」と考えています。
そのような「不毛」さから先に進もうとして、そしてその先に進もうとする行為が、結果的にはこの回の主題である「イントロクイズでの(ある種の)面倒くささ」へと繋がるであろうという意味で、ソキウスは「カヴァー実践を適切に評価できる枠組み」[森 2013:46]を提示した文献[Magnus et al. 2013]を引用します。
それが《楽曲》(song)と《トラック》(track)の関係性を考慮に入れた、(1)「正典(canonical)」とされるversionが評価の際に言及される必要があるか、(2)「正典のトラック(canonical track)」とされるものと同じ《楽曲song》を例示化しているかどうかの2×2の軸で分類することが出来る、「模倣的カヴァー(mimic cover)」、「演出的カヴァー(rendition cover)」、「変形的カヴァー(transformative cover)」、「指示的カヴァー(referential cover)」という4種類のカバー概念です。[Magnus et al. 2013、訳語は森 2013を参照]
これらの概念の詳細については、本編または引用元の文献を参照してください。
(なお、YouTube版ではMagnusらが2×2で示した図表を引用しています。)
この4種類の「カヴァー実践」を踏まえてソキウスは、先ほどの「愛の無いカバー」問題に対して(日本でのカバー事情を考慮に入れると)、評価する際に「模倣的」なカバーと「演出的」なカバーでの方法を混同してしまっていることが、ここでいう意図を巡る不毛さへと繋がっているのではという考え。
ここまでは前回からの「愛の無いカバー」問題について考えていくためにMagnusらの枠組みを参考にしましたが、今回の最後はこの「カヴァー実践」の枠組みが、イントロクイズにおけるカバー曲の受容のされ方を考える上でも有益かもしれないというソキウスの考えの話へ。
ソキウスは、イントロクイズの場全般で見ると、おそらく「演出的」なものに対する忌避感は「模範的」なものよりは低いと思われるが、これが相対的に競技性が高い場になると、競技クイズ的な思考の過程【参考:競技クイズ回( https://spoti.fi/3xxVWvH )】と、いわゆる「原曲」の《トラック》との差異への意識の狭間で起こる引っかかりが、人によっては「演出的」なものであっても忌避感を生んでいるのではという意見。
これは「変形的」や「指示的」なものだとどうなるだろうか、という話にまで発展しそうな話です。
もちろん今回の対話は、「カバーはカバーとしてあるからいいじゃん」という態度を否定するものではありません。
あくまでも今回の主旨は、イントロクイズにおける「カバー曲」の受容のされ方を考えていく際に、これまでのアカデミックな議論の蓄積を活かすことで、我々の考えをより発展させていこうというところにあります。
そのため、本編の内容としては先行研究の紹介に割く時間が長くなってしまいましたが、この番組を聞いてくださっている皆さんと一緒に、これらの研究も参考にしながらこれからもクイズについて考えていきたいと思っています。
【本日の一曲】
毎回最後に1分以内で今紹介したい1曲を持ち回りで語ってもらう「本日の一曲」。
今回はやすおが、この番組でも以前話題に挙げた人物の楽曲を改めて紹介。
アルバム版との違いも堪能できます。
【今回のキーワード】
「原曲へのリスペクト」(愛のあるカバー)/専属制度/トリビュートアルバム/歌手のバックボーン/(元々の)制作者の意図/《楽曲》(song)と《トラック》(track)/模倣的カヴァー(mimic cover)/演出的カヴァー(rendition cover)/変形的カヴァー(transformative cover)/指示的カヴァー(referential cover)/原曲の《トラック》との差異/古川慎
【参考文献】
Magnus, Cristyn., P.D. Magnus, and Christy Mag Uidhir, 2013, Judging Covers, The Journal of Aesthetics and Art Criticism, 71: 361-370.
森功次, 2013, 「ポピュラー音楽におけるHigher Level Ontology:リマスタリング、カヴァー、リミックス」第25回ポピュラー音楽学会発表原稿.
柴台弘毅, 2017, 「日本のポピュラー音楽におけるスタンダード生成過程についての研究」, 関西大学+博士論文